20代最後をナミビアで

青年海外協力隊(2016-3)としてナミビアで中高生にコンピュータの授業を教えています

日本からの友達を案内!その2:スワコップムント

こんにちは。

昨年末の国内旅行の記録。その2はスワコップムント Swakopmund編です。ソーサスフレイ Sossuvlei編はこちらをご覧ください。

スワコップはもう3回目になりますが、行く度に好きな気持ちが確実に高まっていきます。今すぐまた行きたい!笑

3回目ゆえ、街並みの写真をあまり撮っていないのですが…スワコップは避暑地でありリゾート地です。f:id:h283-namibia:20180105035820j:plainf:id:h283-namibia:20180105035410j:plainf:id:h283-namibia:20180114055716j:plainなんとなく、真夏のクリスマス感、リゾート感が出ていませんか?笑
でも風が吹くと夏とはいえ寒いので上着が手放せないんですよね。海も南極からの寒流の影響で水温は低く、夕方になっても泳いでいる人が信じられません。。笑

f:id:h283-namibia:20180105035202j:plain写真に写っている桟橋の先にあるレストランJETTYで夜ご飯を食べました。
f:id:h283-namibia:20180114040753j:plain桟橋から見えるスワコップの街です。曇っているのもスワコップっぽい!ナミビア沿岸部って基本的に曇っていて寒い印象です。f:id:h283-namibia:20180105040040j:plainこの天気ゆえ、残念ながらサンセットは見られませんでした。ランチの方が晴れている確率は高いのかな~なんて思いました。

f:id:h283-namibia:20180105040249j:plainお寿司~♡牛肉たたきとアボカド、エビの天ぷら、サーモンです。サーモン、日本ではお寿司もお刺身も好きではなかったのですが、ナミビアに来てからはおいしいと感じます。

 

またスワコップでは、任地ツメブのAPC(アーツ教室)のバイオリンレッスンでお世話になっている男子高校生に会い、ロケーションを案内してもらいました。きれいなところだけがナミビアじゃないということを日本から来た友達に知ってもらいたかったので、良い機会になりました。ロケーションは現地の人と一緒の方が安心ですからね。

ここ(Lighthouse)で待ち合わせてf:id:h283-namibia:20180114191833j:plainお茶をしてf:id:h283-namibia:20180114191723j:plainタクシーでロケーションに向かいます。
オープンマーケットに連れていってくれ、カッパーナ(kapana)を食べました。f:id:h283-namibia:20180105034624j:plainカッパーナはこの写真の、露店の焼肉みたいな感じです。金額を伝えればその分のお肉を切り分けて更に焼き、一口サイズで提供されます。私たちはN$20分(約160円)をお願いしました。
写真左に写っているオレンジ色のカッパーナスパイスをつけて手で食べます。お肉もカッパーナスパイスも本当においしくて大好きです。。ちょっと小腹がすいた時にもいいんですよね~(とか書いておきながら、場所が場所ゆえ任地でも1回しか食べたことがありません。しょっちゅう食べたいのに~)
見た目は衛生的とは言えないし手で食べるので、友達は少しびびっていたけれど、気に入ってもらえました。ナミビアの中で一番のヒットかも、期待値が低かった分感動した、とのことです。(2人はこの後スーパーでカッパーナスパイス1キロをそれぞれお土産に買って帰りました。笑)

f:id:h283-namibia:20180105034900j:plainf:id:h283-namibia:20180105035028j:plain奥に見えるのがスワコップのタウンです。分かりにくいですが。

高校生はすごく丁寧に案内してくれ、友達にも喜んでもらえました。28歳のおばさん3人につきあう18歳の男の子なんて、いい子すぎるわ~と大絶賛でした笑。

スワコップで2泊した後はコンビ(乗り合いバス)で首都ウィントフックまで戻り、最後の観光を楽しみました。f:id:h283-namibia:20180114041148j:plain

そして翌日、空港までお見送りをして私も任地に戻りました。

 

この旅行、私自身も楽しめたし、2人にもナミビアを満喫してもらえたと思います。
ただ残念だったのは、クリスマス・年末のホリデーシーズンということで閉まっていたり営業時間を短縮したりしていたお店が多かった点です。ウィントフックにあるステレンボシュ Stellenboschという、私の中でのベストレストランはちょうど友達が到着した12月23日(土)から年明けまでお休み。ステーキが最高においしいのですが、そこに行けなかったのは残念でした。(私は12月中旬に食べ納めしましたが♡)

社会人の貴重な休みに遠いナミビアまで来てくれたこと、嬉しかったです。ナミブ砂漠で仕事に追われていたことも彼女たちの思い出になったでしょう。。笑

日本からの友達を案内!その1:ソーサスフレイ

こんにちは。

昨年12月末に、大学院時代の同期2人がナミビアに遊びにきてくれました。6泊9日という短めな日程でした。6泊8日は経験したことがあるけれど、6泊9日ですよ!ほぼ最短ルートでこれ!笑

滞在日数は実質ほぼ6日(最終日は午後一の便で帰国なので)となると、国土が日本の2.2倍もあるナミビアで行ける場所は限られます。
ナミブ砂漠は絶対に行きたいとの希望だったので、ソーサスフレイは外せません。あとは、ドイツみたいな街並みと海鮮を楽しんでもらいたかったのでスワコップムントも行くことにしました。最終的には首都ウィントフック、ソーサスフレイ、スワコップムントで2泊ずつしました。王道コースな気がします。笑

空港まで迎えに行ってウィントフック市街地までの車内で、空港の周りに何もなくて、絶対不時着やと思った~何もないやん~と言われましたw そんな第一印象を持たれてしまったようですが(?!)、数時間後には、この天候は最高だね、こんなところで生活してるの羨ましいわ、ずっと住みたくなる気持ちわかるわ、と言ってもらえました。そして、満足して帰国してもらえたようで何よりです。

それでは、旅行の記録。

ソーサスフレイ Sossusvleiへはツアーに参加して行きました。値段はそれなりにしますが、楽だし安心だし初めてのアテンドだし、と。ツアー客はアメリカからの男性2人と私たち3人だけで、大人数でなかったのもまたよかったです。

朝5時にセスリム付近の宿を出て、Dune45やデッドフレイのあるナウクラフト国立公園Naukluft National Parkへ向かいます。公園は日の出から日の入まで開いています。f:id:h283-namibia:20180114044101j:plain6時前に公園のゲートに到着すると、既に入場を待つ車の列ができていました。
ここでドライバーさんが、タイヤがパンクしちゃったよ~と笑いながら言ってきました(笑いごとじゃない!笑)。外に出てみると、確かにパンクしています。タイヤ交換をしている内にゲートは開き、何台もの車に抜かされ、結構みじめな感じでした。笑

無事交換を終え、公園内に入ります。f:id:h283-namibia:20180105030656j:plain朝日に照らされ、より一層オレンジ色に見える気がします。

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f:id:h283-namibia:20180114045522j:plain有名なDune45に到着。人、人、人、、!多い!早速登ります。f:id:h283-namibia:20180105031121j:plainf:id:h283-namibia:20180105031520j:plainf:id:h283-namibia:20180114050010j:plainf:id:h283-namibia:20180105031751j:plain砂丘の右側がくっきり影になるのは朝早い時間だけだそうです。たしかに、前回はもう少し遅い時間に来ているので、この絶景は初めてでした。
かつ、前回は強風が吹いていて、Dune45の頂上まで登るのは諦めたんです。今回は上まで行けました。やはり、眺めが違います。見渡す限り砂漠!みたいな景色で、うっとりしてしまいます。

登り切って砂漠を目に焼き付けた後は下りるだけ!下りる時は結構な傾斜のあるところを裸足になってずかずかと。。これが楽しいのです…!f:id:h283-namibia:20180105032048j:plain友達の1人は恐がって、なかなか下りてきません。笑
もうこんなことできないよ!早く!後悔するよ!こっちの方が早く下りれるし!、と2人で下から叫んで、下りてきてもらいました。笑f:id:h283-namibia:20180105032322j:plain(頂上付近の真ん中にいるのが恐がっている友達です)f:id:h283-namibia:20180105032637j:plainはい、砂漠独占~!という感じの一枚ですね(真ん中あたりに写っているのが彼女です)。

Dune45の後はデッドフレイ Deadvleiへ。こちらも2回目。f:id:h283-namibia:20180105033011j:plainf:id:h283-namibia:20180105033315j:plainこの前来た時のお気に入りの一本を見つけられませんでしたが、今回はこの木がなんだかよかった!

砂丘に囲まれながらこの日2回目の朝ごはんをし、お昼頃宿に戻り、夕方は宿の敷地内でサンセットを見ました。f:id:h283-namibia:20180105033603j:plainf:id:h283-namibia:20180105034244j:plainf:id:h283-namibia:20180114044041j:plain夕日を見ながらのビール、最高です。TAFELはナミビアのビールですよ♡

クリスマスだったこの日の夜ご飯はクリスマスディナーでした。

翌朝セスリムを後にし、ソリティアでは有名なアップルパイを食べ(私以外)、南回帰線 Tropic of Capricornを通り、ウォルビスベイでフラミンゴを見て、スワコップムントに14時頃到着しました。f:id:h283-namibia:20180114040432j:plain(車から降りるのが面倒だった。。。笑)

次回、スワコップムント編をお届けします。
 

 

協力隊応募~面接編その2~

こんにちは。

前回に続き、青年海外協力隊の二次選考である面接についてです。
今回は面接内容に関して書きます。なお、前回の記事は以下を参照ください。h283-namibia.hatenablog.com

 

【技術面接(職種:PCインストラクター)】
PCインストラクターの技術面接の内容はネットで調べれば出てくる情報そのままです。私が改めて書く必要はありませんが、いくつかピックアップ。

・〇〇はできますか?
〇〇にはネットワーク構築、プログラミング、イラレ、CAD等々が入ります。
途中からこの質問を立て続けにされます。要請のマッチングのために聞いているはずなので、できないものには迷いなく「いいえ」と答えました。
「いいえ」が続いても自信をなくす必要はないと思います。

・職場には伝えていますか?
正直に、いいえと答えました。嘘をつく自信がなかったし、そもそも提出書類にそう書いていますからね。
本当に辞められるの~?とか聞かれますが、きちんと返せば問題なしです!笑

・派遣地域や言語にこだわりはありますか?
アフリカでは生活していく自信がないし、電気・水安定のところがいいし(協力隊に応募しておいて何を言う)、絶対英語圏の要請がいい!!!と思ってたのですが、いざ面接となると、ここで希望を言って落ちたら嫌だ!という欲が出て、「いいえ」と答えてしまいました。笑。
結果、アフリカだったけど、希望した要請だったし今はとっても満足しています。

ちなみに私は第一希望セントルシア、第二希望スリランカ、第三希望ナミビアの現配属先で書類を提出しました。興味があって、私がやれる要請を第一に考えましたが、それ以外に活動言語が英語で、電気・水が安定しているということも選ぶ際の軸にしましたw アフリカ以外がいいと言いつつも第三希望にナミビアを入れたのは、まあいろいろあります。笑


仕事の話がメインだったので、なんだか楽しくなっちゃって、順調に答えることができて、満足して面接室をあとにしました。
その喜びが顔に出て、にやけて部屋を出たのでしょう。私の後に待っていた受験者2人が、「すごい笑顔で出てきましたね」って会話しているのが聞こえました。笑 そしてその2人は後々の同期になるのです…!笑
そしてさらにいうならば、その2人、ナミビア希望だったのですが(1人は第一希望から第三希望までナミビア、もう1人は第三希望ナミビア)、2人ともウガンダに行きました。希望が通ったのは私だけでした。

 

【人物面接】
人物面接は、手ごたえなかったです。
いくつか印象的だった質問を。。

・応募用紙は手書きなのに、応募調書はどうしてパソコンで入力したの?
えぇーーそこつっこむーーてなりました。笑
本当は両方手書きにしたかったけど、応募調書は誤字で用紙がなくなったからエクセルに入力したものを印刷して提出したのです。。(今はネットで提出できるようになったんですよね。私の応募時は郵送のみでした。)
でも、それなりのことを伝えました。笑

・職場はどんな雰囲気ですか?
人に恵まれ、とっても働きやすいです(^^)(事実です)
・それなのに辞めるんですか?(^^)
はい

・応募書類に、大勢の前で話すことが得意でないと書いているけど、大丈夫?
一次選考の提出書類に「この職種に携わる際に想定されるご自身の弱点を記述してください」という設問があります。
中高で生徒に教える要請の多い職種です。それにもかかわらず、堂々とそんなことを書いたのです。えぇ、私、シャイで人前で話すのは苦手です。教師として活動する必要がある職種で、あるまじきことを書いているのは承知ですが、どうせ面接でバレることなので隠す必要はないと思って書きました。そりゃ面接官もツッコミたくなりますよね。
どう答えたかは覚えていません。笑

昨年授業をしてきて、この質問をされたことをよく思い出していたんです。(可愛いんですけど)うるさい、静かにしない、歩き回る、話を聞かない、そんなクラスを2コマ連続で教える日は授業後たいてい喉が痛いんですよね。
大勢の前で話すのが苦手です、とか面接で言っていた人と同じ人とは思えないな、と喉が痛くなるたび、思い出すのです。あれ、わたしってこんな大きな声で授業できるのね、しているのね、ってちょっとおかしくて笑ってしまいます。

人物面接はたじたじになり、かつ予定より短く10分足らずで終わってしまったので、不安で仕方がなかったです。
面接の控室で数名の応募者と知り合ったのですが(そのうち2人は同期になりました)、皆、人物面接はやられた~~という感想でした。圧迫面接とまではいかないけれど、やんわり圧迫(^^)みたいなところでしょうか。笑

後味がわる~い感じで二次選考を終え、約1ヵ月後の合格発表を待ちます。

f:id:h283-namibia:20170330005137j:plain(写真はナミビアの避暑地スワコップムントの夕日)

 

協力隊応募~面接編その1~

こんにちは。

年も明け、そろそろ青年海外協力隊の秋募集の二次選考の時期でしょうか。
二次選考の面接について、2回にわけて書いてみます。今回は主に面接当日の提出書類と服装に関してです。
※2年前の情報(2015年秋募集)なので変わっている部分もあるかもしれません。

二次選考は人物面接と技術面接の2つを同じ日に受けます。
朝から会場に集合し、面接時間は当日そこで知らされるのですが、私は両方午後に入っていました。つまり午前中はただひたすら待つ感じでした。(午前に1つ、午後に1つという受験者が多かった印象です。)
とはいえ、書類の提出があったり、問診に呼ばれるかもしれなかったりなので、ひま~という感じではありませんでした。

【提出書類】
二次選考の際に提出する書類は(データを残していないので詳しく覚えていないのですが)、応募について家族や職場に伝えているかということや参加可能隊次(参加希望隊次ではありません)を記入する必要がありました。
伝えていない場合、参加不可能な隊次がある場合はそれぞれの理由を書きます。

家族・職場に伝えているか
私の場合、家族には伝えていましたが職場には伝えていませんでした。
書類には、事前に職場に伝えておくようにとの注意書きがありました。でも、言いだせずに面接日前夜を迎えます(ラッキーにも面接は土曜日だったので平日会社を休まず済んだのです笑)(面接前日に提出書類を書いている計画性のなさはスルーしてください笑)

さて、正直に書くか迷いますよね。JICAは職場に伝えてね、って言っているのに、そうしていないんですから。
そうなった時の、先輩隊員のブログ検索で情報収集です…!同じ状況で合格した人を見て安心しよう作戦…!
でも出てくるのは、既に職場に伝えているという人ばかり。。。落ち込みます。。作戦失敗。。。あぁ、、言うべきだったのか、、、現職参加予定者以外はみんな受かるまで職場に言っていないと思っていたよ、、、と。笑
でも、面接は翌日。今からどうやっても職場には言えません、だって金曜夜ですから、、
嘘を書いてうまく言える人もいるでしょうが、私はそれができないので、もう正直に書きましたよ。理由は、プロジェクトのリーダーを任されている状況で言いだせていない、とかそんなことを書いた記憶です(一応事実です)。

参加可能隊次
秋募集の場合、1~3次隊(一部4次隊)のいずれかに参加することになります。
行くなら早く行きたいです。
1次隊なら4月から派遣前訓練で7月頃派遣です。ところが、1次隊への参加は不可能なことが判明します。なぜなら、合格発表は2月上旬、PC隊員が訓練前に受ける技術補完研修は2月下旬開始だったからです。もし1次隊として合格したら、あと2週間で会社辞めたいです、という展開になります。そんなことできるわけがありません。
それなので、参加可能隊次に1次隊を除きました。理由は、前述のプロジェクトが終わるのが4月のため、としました(もちろんこれも事実です)。

面接の待合会場でこの書類をスタッフに渡した時、「職場には伝えていないんですね、わかりました。言い出しにくいですよね~。」と言ってもらえ、気が楽になったのを覚えています。

職場に伝えていないことで落ちたらどうしようと不安でしたが、私はいまナミビアにいます。

 

【服装・髪型】
面接にはスーツ(紺色ストライプ)で行くことは決めていたけど、シャツを着る必要あるのかな、という疑問がありました。新卒の就活でもないし、シャツ着なくてもいいか、いや、でも、、と。
面接は1月です。寒いです。最終的にどうやって決めたのかは忘れましたが、私はインナーに白ニットを着ていきました。
会場にいた応募者は、黒スーツがほとんどでした。インナーも白シャツが多かったです。私服の人も数人見かけました。

髪型に関して、私は腰までのロングヘアーなのですが、そのままの状態で会場に入りました。ところが女性はほとんど一つにくくっている…!えぇ、それはもう新卒の就活生と何ら変わりません。みんなビシッ!みたいな感じ。
なんだか圧倒されて、ポニーテールにして面接に挑みました。

 

それでは、今回はこの辺で。次回、面接内容についてです。

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2018年!

こんにちは、りーです。

約3週間の旅行等を終え、数日前に任地ツメブに戻って新年を迎えました。

前にも書きましたが、2018年はまるまるナミビアにいることができる1年です。
1年後の今日もまだナミビアにいると考えると、なんだか長いような気がしてしまうのも事実ですが笑、きっとあっという間に過ぎるんでしょうね。

今回のホリデーは
首都ウィントフックに合計1週間ほど滞在したり
モザンビークに行ったり

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はるばる日本から遊びにきてくれた友達とナミビア国内旅行をしたり

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しました。詳しくは改めて書こうと思います。

 

 

それでは、今年もこのブログをよろしくお願いします。

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師走ですね

こんにちは。

今週12/5(火)に3学期の教員最終日を迎え、1ヵ月ちょっとのホリデーに入っています。

学年度末でもあった今学期の最終日はいつも通り6時50分出勤で、皆の仕事(成績処理等)が終わったのは19時過ぎでした。なんと12時間労働!いつぶり!笑
1,2学期の最終日は16~17時に終わりましたが、3学期はやることが多かったのでこの時間になったのも納得です。さすが年度末!
あ~私の一年目も終了したのか~来年のこの場がきっと活動最終日にもなるのか~としんみりした夜のスタッフルームでの集まりでした。

そうです、協力隊としての活動も後半戦に突入していくのです…!

あと2年はお預けなんだと思いながら除夜の鐘を聞いて迎えた2017年。
公用旅券と3枚の片道航空券を持って成田空港を出発した1月16日。
ひとりぼっちでナミビアウィントフックに到着した1月17日。
慣れたウィントフックを離れ、任地ツメブに移った2月13日。
授業デビューした2月15日。
あとはあっという間です。授業準備に追われる日々、生徒に静かにしてもらえない日々、大して人と話さず1日が終わっていくことに焦る日々、想像していた"アフリカの協力隊員っぽい生活"とかけ離れたそれに、これでいいのかなと思う日々、、、
…とか書いてみたけど、本人は全くへこんでいません。基本的に楽観的なのですわたしw こんな人がいてもいいよね、人と比べる必要なんてないよねって思いながら過ごしています。

はじめての海外生活はほぼ問題なくやっていけています。
子どもは苦手なはずなんですが(セカンダリースクール配属の人が何を言うw)、生徒は可愛くて特にGrade8(中2)の男の子ばっかりのクラスの授業は毎回楽しみでした。

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これら↑がそのクラス。Scratchプログラミングを教えているところをカウンターパートに撮ってもらいました。

活動は私のペースで進め、壁にぶつかることも今のところありません。来年は落ち込む時期がやってくるのかな、と少しひやひやです(とか書いたけど、案外大丈夫そうな気もしている笑)。

 

充実したナミビア生活を送っていますが、2017年は7月に父方の、11月に母方の祖母を亡くした年でもあります。遠く離れたところにいると、会いたい人にすぐに会って話すということが簡単にできないんですね。みんな何が起こるかわからない。
特に母方の祖母は、2年間は問題ないだろうと確信していましたから、ナミビア出発前の会話が最後になるなんてこれっぽちも思っていませんでした。それでも、10月に一時帰国し、いまが祖母との永遠の別れの時になるのだと覚悟してナミビアに戻ってこられたのは、複雑な気持ちですがよかったといえるでしょう。

 

さて、来年は1年まるまるナミビアにいられる年。もっともっとローカルの人(同僚、生徒含む)と仲良くする2018年にしたいです。

 

最後は、私の愛すべきGrade8のあるクラスの生徒との集合写真です。f:id:h283-namibia:20171130032533j:plainf:id:h283-namibia:20171130033115j:plainf:id:h283-namibia:20171130032609j:plain
f:id:h283-namibia:20171130033837j:plain(全く意識してなかったけど、客観的に見たらよくある"協力隊員っぽい"写真だねこれら笑)

「これが現実だよ、これがナミビアの姿だよ。」

タイトルは、この前ツメブのロケーションを案内してくれたGrade11(高2)の生徒が何度も言っていた言葉です。

Computer Studiesを履修しているGrade11の生徒が、メールアカウントとウェブサイトを作りたいので手伝ってほしいと言われ、お家にお邪魔することになりました。

生徒:16時にKFCで待ち合わせね、僕はPC2台持っていくから。
私:え?家に行くんじゃないの?
生徒:うーん、イエス、ノー、イエス、、僕の家はネット接続がないから、〇〇(同じくGrade11の生徒)の家で使っているんだ。
私:なるほどね。
生徒:Ms(私のこと)はロケーションに行ったことあるの?
私:うん、何度かちょっとだけ行ったけど、まだ全然知らないよ。
生徒:なら僕が案内するね。僕はタウンに住んでいるけど、〇〇の家はロケーションにあるんだ。ナミビアにいるからにはMsには絶対に知ってもらわなきゃ。

そんなやりとりがあり、金曜16時にKFC(ケンタッキーですよ)で待ち合わせました。

さて、ここでタウンとロケーションについて説明しましょう。

これまで何度かブログで触れてきましたが、ナミビアの多くの街(特にドイツ植民地時代に白人が住んでいたところでしょうか)はタウンとロケーションに分かれています。
タウンは、それは先進国のように整備されていてきれいで、白人と一部黒人が住んでいます。一方のロケーションは、私が想像していた"アフリカ"です。スラム街みたいな感じで、治安も悪いです。黒人は主にロケーションに住んでいます。
なぜこのように分かれているかというと、植民地時代、街の中心地に白人が住み、黒人は郊外へと追いやられたわけですね。この住み分けはその後の南アフリカアパルトヘイト政策にも引き継がれ、今も続いています。

ロケーションにはこれまでに別の生徒やAPC(アーツ教室)の先生などに案内してもらって何度か行っています。何に驚くって、ふだんはあんなに白人を見かけるのにロケーションに足を踏み入れるとまーーったくいないことです。0人です。ゼロ。

ツメブの地図↓を見てください。
B1という幹線道路の東(右側)がタウン、西(左側)がロケーションです。
タウンは各ブロックが広々して区画整理がされているのに対して、ロケーションは道が細く、入り組んでいるのがわかるかと。
ロケーションまでは家から約1キロ。ほぼ毎日行っているショッピングモールの裏からロケーションが始まります。

 ツメブのロケーションはいくつかの地区から構成されています。
ここはタウンじゃないの?と思うほど、大きな家(中には電子鉄線付きの家も)が並び、道路も広くてきれいな地区もありました。言うまでもなくロケーションの中で一番土地?家賃?が高い場所だそうです。
そしてその横に位置するのが、皮肉にも一番貧しいKuvukiland コブキランドというところです。Googleマップには出てきません。この地区にある家の100%がトタンでできています。f:id:h283-namibia:20171030041715j:plainこれはその入口。奥までは入りませんでしたが、トタンの家がびっしり並んでいるのが確認できました。ここには電気は通っていません。水道も1つしかないんだとか。 

ブロックでできた家とトタンでできた家が半々の地区もあります。f:id:h283-namibia:20171030041034j:plainf:id:h283-namibia:20171030041354j:plainこの地区から通っている生徒は朝5時に起きて毎日歩いてきているんだよ、歩けば1時間近くかかる距離じゃないかな、朝早く家を出ても遅刻するとtransgression(罰則と訳せばいい?)が貯まっていくんだよ。

あの子たちはあそこの学校の生徒だね、みんなこんなところに住んでいるんだよ。ここからタウンにある学校まで通っているんだよ。信じられる?

これが現実だよ、きっと政府はきれいな部分しか見せないから、ナミビアの現実をMsには知ってもらいたかったんだよ。

僕はここに住んでいる人たちが貧しいとは思わない。ただ貯金するというスキルがないんだよ。お金を貯めたらトタンではない家を建てて、タウンに住むこともできる。でもそれができないんだよ。

彼はそんなことを言っていました。

彼曰く、私の配属先の生徒の80%がロケーション、10%がタウン、10%が寮住まいではないかとのことです(ツメブのタウンの家はとても高いらしい)。

ちなみに、お邪魔した彼の友達(というか生徒)のお家はとってもきれいでした。ロケーションというとトタンの家のイメージが先行していた私ですが、そうじゃないんですね。
私が好きな飲み物(レモンツイスト)を用意してくれていて、作業をしました。でも話している時間が長くて肝心のウェブサイト作りまではたどり着かず笑。また、生徒のお母さんにファットケーキもご馳走になり、おいしかったです(ファットケーキとは甘くない揚げドーナツみたいなものです)。

他にも皆さんにシェアしたい部分はあるので、またの機会に写真におさめて記事にしようと思います。

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こんなに整備されたタウンで生活していると、同じ街なのかとか疑ってしまうけれど、これが現実です。ナミビア、奥が深いですね。